東日本大震災発生から6年を迎えた先週の3月11日は、ご当地アイドルのイベント絡みで、被災地の1つである福島・いわきに足を運びましたが、震災とご当地アイドルとの関係を語る上でどうしても取り上げなくてはいけないのが福島・浪江町を拠点に活動していた「NYTS」(ナイツ)。
2010年の暮れに、第1回「U.M.U AWARD 2010」の予選会(at天王洲劇場)に出場、決勝進出はなりませんでしたが、なみえ焼きそばをPRするという、ご当地アイドルの「王道」を行くようなコンセプトでアイドルファンの注目を大いに集めました。
そんな矢先、翌年の3月11日に東日本大震災が発生、海岸線が津波による甚大な被害を受け、さらに、町域の10キロ南側に位置する「福島第一原子力発電所」(大熊町)の事故によって町域の大部分が避難区域に指定され、メンバー、スタッフは各地に散り避難生活を余儀なくされました。
その後、福島県内に避難しているメンバーが何度か集まり、福島、仙台、山形などで単発的にライブ活動を続けてきましたが、メンバーそれぞれの生活が多忙になってきたため、2014年1月に活動休止の発表を行いました。
毎年、3月11日が近づくにつれて、「NYTSのメンバーだったコは元気かな…」という思いが、ブログやツイッターで呟かないまでも、頭の中をよぎっていたのですが、Webサイトを検索したところ、昨年10月に、NYTSの運営を務めていた人とメンバーの1人が取材を受けている記事が見つかりましたので、紹介しましょう。
元祖ご当地アイドル「NYTS」:自分たちの地域は自分たちで盛り上げていく
(2016年10月5日 郡山青年会議所ホームページより)
このホームページ、福島の各地区のご当地アイドルを取材しており、「せせらぎ小町」(郡山)、「アイくるガールズ」(いわき)、「ShuN-R @n GIRLS」(矢吹)なども取り上げられています。
活動休止後はメンバーと連絡し合う機会がほとんどなくなったけど、もし、何かのキッカケで集まれるのならば活動を再開してみたいと運営の阿久津さん、メンバーだった「あかり」さんがコメントしているようです。
浪江町は、来る4月に帰還困難区域を除き避難指示が解除され、常磐線も仙台方面が開通する予定ですが、町らしい営みが戻るのはまだまだ先のように思えます。「U.M.U AWARD 2010」出場時、中・高校生だったメンバーも今は20歳を超え、生まれた場所から遠く離れた地で次のステップに踏み出している人もいるかもしれません。
それでも、インタビューにあったように、運営、メンバーが、活動再開の意思を示している限りは、可能性はまったくのゼロではないでしょう。まずは、今の生活を大切にしながら、キッカケが生まれるのを期待したいところです。
ご当地アイドルファンにとって「震災を忘れない」は「NYTSを忘れない」と同義語であると思います。今後も何らかの動きがあれば取り上げたい所存です。